Ⅰ 生物機能に学ぶ超分子化合物の合成
鉄(II)イオンにシクロペンタジエニルアニオンが上下2個配位結合している鉄のシクロペンタジエニル錯体であるフェロセン(Fc) は疎水性ですが、酸化されてフェロシニウムイオン(Fc+)になると水溶性が増し、水に溶けるようになります。還元されると元に戻る可逆性があり、極めて安定な酸化還元特性を有します。我々はこのフェロセンの特徴を活かした、フェロセンを核とする超分子化合物の設計・合成を行っています。
超分子は分子の設計により、その形態(モルフォロジー)を変化させることができ、分子間相互作用によって分子やイオンを内包する「ホストゲスト」化合物,複数ユニットから構成されるタンパク質やLB膜(Langmuir–Blodgett film)、自己組織化膜、DDS(ドラッグデリバリー・システム)に利用されるリポソームやミセルなど様々な応用が期待されます。我々はフェロセンの可逆的な酸化還元特性を利用して、構造形成-崩壊-再形成を制御できる刺激応答型のフェロセン界面活性剤から成る超分子化合物の設計・合成を行っています。
大きさも構造も崩壊も制御できるDDSカプセルの開発
フェロセンを分子内に含むBola型界面活性剤は、水溶液中で自己組織化してanti typeではベシクル様構造を、カチオン存在下のsyn typeではミセル様構造を形成します。いづれの分子集合体もフェロセンのレドックス活性により電気化学的酸化還元で集合体構造の崩壊と再形成を制御することが可能です。
生体分子にメディエーター機能を持たせる ー酵素反応を電気で制御するー
生体分子である補酵素(NAD+:Nicotinamide Adenine Dinucleotide 酸化型)は、電極で直接電子のやり取りをしません。このNAD+にフェロセンを結合させたフェロセン修飾NAD+とすることで、電極での直接電子授受が行えるようになりました。電極での補酵素リサイクルおよび電気で制御する酵素反応系の構築を目指しています。
他に当研究室で合成された超分子化合物
Ⅱ 生物(酵素)駆動型技術の開発
酵素は有機溶媒には溶けないので、水を嫌う反応では粉末または固定化した酵素を系内に懸濁して使います。しかし反応系内の微量水分が酵素活性に強く影響することから、系内を完全に脱水する「無水系」や「非水系」ではなく、「微水系(microaqueous system)」という新たな概念が提唱されています。我々はこの技術を用いて、医薬品中間体や工業原料となるアミノ酸誘導体の動的速度分割法による合成や不斉合成への応用、バイオセンサーの開発等を行っています。
色の変化で教えてくれるバイオセンサー(鮮度・癌・肝疾患)の開発
アゾ還元酵素(AZR)と各種マーカー検出用酵素との組み合わせにより、色が変化(消える)することで、対象物質の検出が判断できる『バイオマーカー検出システム』に応用できます。我々は、鮮度,癌,肝疾患を判断できる酵素センサー(バイオセンサー)の開発に成功しています。
微水溶媒系での動的速度分割法を用いた光学活性アミノ酸の合成
通常の光学分割法は目的物の最大理論収率が50%ですが、未反応物を積極的にラセミ化しながら酵素反応を進める動的速度分割法では理論収率を100%にすることが出来ます。この時、ラセミ化法の選択が難しくなりますが、我々は微水有機溶媒系での2酵素法を用いることで、生成物(光学活性なアミノ酸)を高収率・高光学収率で簡単に取り出せる方法を開発しました。この手法で、抗パーキンソン病薬であるレボドーパの合成にも成功しています。
天然ゴムを合成する酵素(イソプレニル2リン酸合成酵素)の構造解明
天然ゴム(ポリイソプレン)は、イソプレンを出発原料にして生体内で付加重合して生成される。その第1段階の反応であるDimethylallyl Diphosphate (DMAPP)に、isopentenyl diphosphate(IPP)を付加させる重要な反応を担っている酵素が、ファルネシル2リン酸合成酵素(FPP synthase)である。 我々は、このFPP synthaseの構造解析や変異酵素の特異性評価を行っている。
モスキート(蚊)針を目指した無痛針の開発
ニッケルは鉄と共に最も安定な元素の一つであり比較的豊富に存在し、非常に高い延性を有する工業的に有用な元素です。しかし金属アレルギーを引き起こしやすい金属のひとつでもあり、医療用途には難しいとされてきました。我々は金属アレルギー対策としてタンニン酸で被覆コーティングした有機薄膜が強靭な密着性を有して剥離し難く、ニッケル不溶化に優れた効果を発揮することを報告しています。この研究では電鋳技術による高精度金属微細管製造法を用いて作製する世界最細の外径90μm(現在、市販される注射針は外径180μm)のニッケル製微細管を有機薄膜で完全被膜し、金属アレルギーフリーとなる医療用極細微細管(無痛針)の開発をおこなっています。